せるてむの凹凸でいりー

発達障害を抱えた人間の日々を紡いでいく

部屋の乱れは心の乱れ

僕はこの言葉がぐさーっと刺さる人間です。

発達障害を持つ人は、片付け、整理整頓が苦手な事が多い事かと思います。日常的に使うスマホやお財布、衣類、食器、文房具などの物品の管理やゴミの処理。広く世間一般では「あたりまえ」のこれらを、発達障害を持つ僕らは、なかなか「あたりまえ」に行う事のできない難しさを抱えているものです。

現在の僕は、薬物療法や工夫の効果や影響もあり、平時であれば、ある程度の水準までデスク周りと部屋を片付けておけるようになりました。捨てる物は捨て、使った物は元の場所へ戻すまでがセットである事。そのための物品の定位置化を自分に刷り込むのには、時間を要したものです。と言っても、現在も絶賛刷り込み中であり、大切な物と日常的に使う物までであれば、必要になった時にどこへいった?と探すことがほとんど無くなったレベルで、まだまだな所はあります。新しく増えた物は時折見失う事もあるし、収納の仕方にも粗を感じ、オシャレに整理整頓された部屋とは言えないでしょう。しかしそれで良いのです。ものすごく頻繁にお客様が来る場合は、多少見た目も考えたい所はあるかもしれませんが、基本的にはある程度片付いていればそれで良いのです。オシャレな100点満点を目指す必要が、そもそもないのです。ある程度部屋が片付いている事は、僕の場合はやはり気分が良くなるし、落ち着きやすく、何かに取り組む際も集中をしやすい物です。作業スペースも事前にきちんと確保されているので、何か作業をする際の作業効率にも影響します。人は物事を始める時、スタートダッシュ、エンジンが回りだすまでが難しい事が多いらしく、何かを取り組み始める時に、スタートが片付けからになってしまうと、そこで不要なエネルギーを消費してしまうと言う話もあるので、理にもかなっていますね。

 

ただ、生来持ち合わせてしまった発達障害に由来する素因も加わってか、スランプに陥っていたり、特に精神的に乱れている自称ネガティブキャンペーン(?)中は、一変してあっという間に片付いていない部屋になってしまいます。主観的な要素が強い表現ではありますが、お客様を通せる状態ではありません。脱いだ衣服や、使ったペンや本などの物品は散乱し、ゴミ箱は溢れそのまま軽く一山築いているような有様です。それでも、特に失くすと大変な事に繋がるお財布、スマホ、家の鍵の3点は、ギリギリ定位置化を維持できるのは幸いでしょうか。

大抵そんな部屋の状態の時は、僕の場合前述の通り、スランプに陥っている、或いは精神的に大きく乱れている時なので、後者の場合は数日様子を見たりする事もあるものの、そんな時にまず取り掛かるのが、部屋の片付けです。部屋が整理整頓し片付いている事に自分が影響されるのは分かっているので、まずは部屋の片付けから負のループを断ち切ろうと言った具合です。とはいっても、なかなか腰の重たくなりがちな作業であり、すんなり進まない事もしばしば。

すんなり進めばそれで良いのですが、すんなり進まない、そんな時は、片付けた事そのものに対してのご褒美として、好きな食べ物を食べるや買う等でなんとか自分を動かします。(特に買うのは収支とよく相談の上) それでもどうにも動きだすことができない、なんて時もやっぱりあります。こうなった時は、「なぜ部屋を片付けることができない?」を主題に、思い当たる節を書き出してみることで、解決を試みる時があります。

書き方に特に決まり事はありませんが、僕の場合は、チャート図の様に思い浮かんだ事柄を、思考のマップ作るかのようにを書き広げていき、その項目により詳しい事があれば、箇条書きで内容を更に書き加えると言う感じです。とにかく書き出していくことで、考えているだけでは発見・至る事のできなかった答えに辿り着いたり、意外な関連性や違った視点などが分かる時もあります。そして、原因を洗い出すことが出来れば、それに応じた行動をとって行けば良いのです。時には、すぐに解決できない問題もあると思いますが、まずはそれが原因として把握できただけでも、大きな一歩ではあると思います。場合によっては、部屋の片付けよりも重大な問題に気づけたと言う事かもしれません。重大な問題は、よりどうしていかなければならないのか、考え、書き出しておくと、後々の問題解決に役立てる事ができるかとも思います。

 

部屋の乱れは心の乱れ。短く簡潔に纏まった言葉ながらも、奥深い物を感じます。